マンダムな人々

若手社員インタビュー

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渋谷 知広
Shibuya Tomohiro
マンダムマレーシア
1999年 入社
1999年 北関東営業所
群馬駐在
2003年 北関東営業所
新潟駐在
2006年 国際事業部
マーケティング課
2008年 マンダムマレーシア

スケジュール

8:30 出社

9:00 部署ミーティング
スケジュール確認、企画進捗確認

10:30 広告代理店様と会議
ギャツビー宣伝計画の策定

11:30 マーケティング会議
新製品発売時の拡売施策策定

12:30 昼食

14:00 雑誌社様と会議
ルシードエル雑誌広告展開決定
ルシードエル雑誌連動イベントの検討

16:00 予算管理
宣伝販促費の予算管理

17:00 マーケティング計画の策定
ブランド別、カテゴリー別計画策定
拡売スケジュールの策定

19:30 各報告書等の確認

20:00 退社


今、こんな仕事をしています

私の仕事はマレーシアの生活者へお役立ちできるよう、ブランド、商品を知っていただき、使用して満足していただくことです。現地社員と一丸となって、現地生活者との接点の拡大を店頭考働を中心に、また広告などを通じて行っております。
また、現地スタッフに対してマンダムDNAを伝えて、共有させることも大きな役割です。

これまで一番「心」に残っている仕事は何ですか?

マレーシアの店頭で生活者がマンダムの商品を手にとって、商品裏面や商品POPを見ながら満足そうにレジへ向かわれる場面に出くわした時、とてもうれしい気持ちになります。私たちの商品がどのようなかたちで最終的に生活者の手に届くか考えると当然1人1人異なるかとは思いますが、店頭で初めて商品を手に取った方でも多くの中から商品を選んでいただけた、私たちのマーケティング活動の積み重ね結果だと思い、本当にうれしく感じます。

これまで一番仕事の厳しさを感じた瞬間は何ですか?

日本では当たり前ということが当たり前ではないということです。
大丈夫であろうと思っていたことが全くできていなかったことが多々あり、納得するまでは確認を続けることにしております。習慣、生活者の行動が異なりはしますが、私たちがするべきことは日本でもマレーシアでも生活者にお役立ちをするということです。現地社員、得意先様と共に同じ方向を向いて考働していきたいです。

職場あるいは、仕事の課題を「私自身の力で改善したこと」は何ですか?

マンダムマレーシアでは商品名称や使用方法は英語が基本となっております。しかしながら、マレーシアはマレー系、中華系、インド系と様々な人種の方が共存している多民族国家です。共通語のひとつとして英語がありますが、全ての方が英語に堪能ということはございません。どのような生活者がどのような商品を使用しているか調査したところ、マレー語をメインにした方が良い商品があり、今後に向けての方向性をつくることができました。

私の部署はこんなところです

1985年にマンダムマレーシアの前身である『ギャツビー・マレーシア』がペタリンジャヤに設立されました。
そこから歴代の諸先輩方がビジネスの基盤を確立して下さり、現在はマンダム初の現地出身の社長のもと、70名程度の明るく・熱い現地スタッフに支えられながら、マレーシア市場の売上拡大を目指し日々考働しております。マンダムグループ内の3拠点(インドネシア・日本・中国)と日系他メーカーから商品を輸入し、現地生活者に合った商品を販売しておりま す。

これからマンダムグループでやりたいことは何ですか?

ギャツビーのマレーシアでの認知率は2006年から既に現地でも90%を超えるブランドへ成長しております。ギャツビーではスタイリングを中核として成長を続けており、次なる柱を形成させていきたいと考えております。ギャツビーブランドの強化(スタイリングのみではなくボディケアにも注力)、またルシードエル、PIXYブランド(女性コスメ)の強化育成を図り、現地の多くの方になくてはならないブランドへ育てていきたいです!

今、就職活動をしている学生にアドバイス!

みなさんにとって就職活動は、人生の通過点に過ぎないのではないでしょうか?
しかし、自分を見つめ直し、また将来に向けて考えるとても良い機会であると言えます。おそらく就職活動中も多くの方達と出会い、刺激を受けることがあるかと思います。自分のことを知ってもらうには相手のこともよく知ろうとしなければ知ってもらうことはできないと思います。1回1回の出会いを大切に頑張ってください!

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